月別アーカイブ: 2018年6月

欲望

奇をてらうわけでもなく、
たんたんとたんたんと書いていく。
たんたんとたんたんと書かれた言葉の中に
やわらかさとやさしさと
ちょっぴりのユーモラスが
ほのかに感じられて
「これ好きっ!!」じゃなくて
「なんだかこの文章好きだなぁ」って思われる。
そんな文章を書くことができるようになりたいなぁ。

ファシリテーションと赤毛のアン

5年くらい前からファシリテーションということに興味を持っています。
ここ2、3年で2つのタイプのファシリテーション講座を受講しました。

1つは、いわゆるノウハウを学ぶような講座。
話し合いの場で、合意形成や相互理解を促したり、
あるいは混沌としたやりとりを整理したり、
そこから何か方向性や考え方、やり方などを見つけていく、
その方法の概要を教えてくれたような、
あくまでも概要なんですが、そんな講座でした。

もう1つは、前に少し書いた、これ自己啓発講座じゃないの?っていうような、
ノウハウではなく、ファシリテーターのあり方を問うような講座でした。

私自身は、あがり症で、人前で話をすることが苦手なのですが、
ファシリテーションということ自体にはとても関心があり、
そのためのプログラムをつくることにさらに関心があります。

2つのタイプの違う講座を受けてみて思うのは、どちらも面白く、
学びをいただいたと思っていますが、
私のかゆいところに手が届かなかったということです。
これは、講座の内容の問題ではなく、私自身の問題ですね。

それはさておき、2つのタイプの講座を受講した結果、
思ったのは「なんだか大切なことは『赤毛のアン』な気がする」ということです。

私は『赤毛のアン』の愛読者でもなんでもないのですが、
以前だれかから教えてもらって、とっても好きな箇所があります。
それは、喉頭炎になった友達の妹をアンが看病する話の中の一場面です。
両親が遠くにお出かけしている時に妹が熱を出し、
どうして良いかわからずアンに助けを求めたダイアナ。
アンがダイアナの家に駆けつけると、お手伝いさんはおろおろするばかりで、
お湯のひとつもわかしていなかったという状況。
それを目にしたアンが言います
「あなたの気を悪くはしたくないけど、あなたに少しでも想像力があったなら、
こんなことはもうとっくの前に気がつくはずだと思うわ」
正確ではないと思いますが、このシーンが好きで、ふとしたときに思い出します。

タイプの違うファシリテーションの講座を受けて、
「で、結局大切なことってなんだろう」と考えてたときに、
「あの時のアンのいう想像力なんじゃないのかなぁ」と思ったわけです。
目の前に熱を出している人がいて、その人に今何が必要なのかを想像できる力。
当たり前のようでいて、それができていない場合も結構あるのではないかと
自分自身のことを考えてみて思います。
ファシリテーションということについても、
根底に必要なのは、そんな想像力なのではないかと思ったわけです。

そう考えながら私のまわりを見まわしてみると、
創業とか、起業とか、働き方云々とか、イノベーションとか、
そしてファシリテーターとか、
時代を彩るようなキラキラした言葉が飛び交っています。
キラキラした人達が人生を謳歌し活躍しているようにも見えます。
そんなキラキラを見て、素敵だなぁと思います。
同時に、なんとも言えない違和感を覚えます。
どうしてそんな違和感を感じるのだろうと思いめぐらせてみると
「あ〜、あの時のアンではないんだなぁ」と思いました。
大切なことが抜けているような、地に足がついていないような
そんな違和感だと思いました。
キラキラした場で語られるのは創造や創造力であることが多いのですが、
私は、そこに、赤毛のアンの想像力が抜け落ちているような、
大切にされていないような印象を感じていたわけです。

タイプの違う2つのファシリテーション講座。
一見すると、ノウハウ的な内容の講座より、あり方を問う内容の講座のほうが
見ている視野の広い、想像力のある講座のような気もします。
私が受講した講座の場合、振り返ってみると逆でした。
想像力って、もしかすると人を謙虚にする、そんな力もあるのかもしれない。
ファシリテーションっの講座を受けて、赤毛のアンを思い出し、
想像力って大切だなぁと改めて思いました。

あれ?書いてたら棚卸し。

たまに顔を出すコワーキングスペースは、
いろいろな講座を行っているので、ごくたまに参加します。

そこで行われているのは、SNSの講座やブログ講座、ファシリテーションや
デザイン講座ほか。コワーキングスペースなだけあって、
創業を意識した内容になっているような印象があります。

先日、ひさしぶりにそこでの講座に参加しました。
私がこれまで参加したその場での講座は、
いずれも一方的に講義を受けるのではなく
必ず参加者同士の自己紹介時間や、講師からの問いに対する自分の考えを
ペアで意見交換するなど、ワークショップ的な要素が盛り込まれていました。

で、意見交換をしてみると、特に女性の場合、「幸せな女性を増やしたい」とか「人々を笑顔にしたい」とか、立派な目標をおっしゃる方が多く、
やる気がみなぎってる、自信いっぱいに見える人が多い気がします。
私はといえば、そんな立派な目標はなく、自分のふりかえりとか、
ちょっと学んでみたいなぁくらいな軽い気持ちで参加しているため、
そんな人達を目の当たりにすると、
すごいなぁと、ただただ圧倒されるばかりです。

考えてみれば、人見知りであがり症で、自分に自信がないために
いかせなかったチャンスもたくさんあったような気がします。
ある意味ギラギラした、自分をアピールできる人が眩しくてしかたありません。

反面、どうもそういうギラギラが苦手でもあります。憧れるけど苦手なんです。
ギラギラしないで自分をアピールできるようになりたいなぁ。
では、そのためにどうするか。
まずは、自分の棚卸しから始める必要があるんだろうなぁと思っています。
では、どんなふうに棚卸しをすればよいのか。。。

・・・と、ここまで書いて思い出しました。
先日受講したデザインの講座で、問われました。
「あなたの事業のコンセプトは何ですか?」
正直なところ、これを聞かれるのが一番困ります。
人様の、私以外の人の事業や云々のコンセプトを組み立てたり、発見したり、
整えたり、言語化する、そのサポートを行っている私の事業のコンセプトは、
コンセプトがないことです。色に例えると無色。
そんなふうに考えているところがあります。

あれ、もしかして、これってギラギラできていないことと
何か関係ありそうな気がするぞ。
もしや無色を意識しているからギラギラしないのか?!
そうなのか、自分?!
憧れているなんて書きながら、ギラギラになりたいなんて書きながら
心の底では、そうは思っていなかったということなのか?!
なぁんだ、そういうことかぁ。。。
と、このブログを書きながら腑に落ちました。
とんだ独り相撲な内容になっていますが、
今日1つ、自分の棚卸しができたような気になっています。
ブログを書くって、そんな効果もあるんですね。