井の中の蛙。

お酒は飲んでも飲まれるな。
今のところお酒に飲まれたことはないのだけど、
SNSに飲まれてはいけないなぁとつくづく思う。
なぜなら、SNSって開かれているようで閉ざされた場のように感じるから。

SNSの詳しい技術やアルゴリズムについて、私はほとんどわからないけど、
そこで繰り広げられるのは、自分が選んだもしくは自分が選んだ人に関連したものごとで、ある一部の限られた世界だと思う。
そんなこと言わずもがな、なのだろうけど、
それを自分の良いように勘違いしてしまうことって、
案外あるのではないかと思うのだ。

SNSの世界ではないが、
例えば、ある界隈で話題になったり、もてはやされたりすると
自分がまるで「できる人」になったように勘違いしたり、
自分がまちを、社会を動かしているような感覚に
陥ることもあるのではないと思う。
そういう人と実際に仕事をしてみると
「この人、全然できないじゃないっ!!」って残念に思うことがある。
もてはやされていることと仕事がキチンとできることは違うのだ、と、
つくづく感じている。
そんな時は、自分のことを棚に上げて「あぁ、井の中の蛙にならないでね」と、
祈る気持ちにすらなる。

今更感のある言い方をすれば、今は、インターネットがつながり、
日本だけでなく世界とつながることができるし、
個人がどんどん自分で自分を発信できる時代だ。
何かで突然話題になり、注目が一気に拡がることもある。
もてはやされて、人が集まってきて、
「自分が世界」と勘違いしてしまうことだってある。
だけどね、きちんと仕事ができる力がともなわないと、
一過性の流行として消費されてしまう結果になりかねない。
もてはやされている時こそ、そんな感覚を持っておくことが大切だと思う。

きちんと仕事ができる力とは、特別なことでもなんでもなく、
例えば、計画的に仕事を進めることができるとか、
チームで行う場合は「報・連・相」ができるとか、
そもそもその仕事の意図をキチンと理解できているとか、そんなことだ。
そういうことをおろそかにすることが重なると、
自分の信用を落とすことにつながったり、
相手にストレスを与えて
「あぁ、この人とは仕事したくないなぁ」という不満を生んでしまう。

トンチンカンなことを書いている気もするが、
今自分が見えている世界、自分が身をおいている場が全てではない、
という感覚を持っていたい。
自分を客観的に見るスタンスを忘れないようにしたい。

1トーン下げる。

私には、「宇宙で1番好きっ!!」という声がある。
その声を聴くとキュンとしてホッとする。
おそらくこの声以上に好きになる声はないだろうと思っている声。
例えばワインを語るソムリエのように、
この声がどんな声なのか言葉で表せないものかと思っているのだけど、
ほどよい言葉が見つかっていない。

そんなことはどうでも良いのだけど、
「やっぱり声って大切だなぁ」と感じる場面がちょくちょくある。

人に何かを伝える時。大切なことは3つあると思っている。
「誰が話すのか」「何を話すのか」「どう話すのか」の3つだ。
このうち「どう話すのか」でとても重要になるのが声だと思う。

でも、声って、もって生まれたものだから、どうしようもないよねぇ。。。
と、昨年まで諦めていた。
だけど、ある時、自分の声に関して気づいてしまった。

同じような人は多いと思うけど、
私には、どこかで自分を引いて見てる感覚があって、
夢中になって話したあと、
「あ~なんだか我を忘れて語ってしまった気がする!あぁ恥ずかしい。。。」
と思うことがある。そういうことが増えている気がする。
そのたびに「興奮しないようにしなきゃっ!」と思うのだが、
ついつい忘れて今日もまた興奮していまうしまつ。。。
だけど気づいてしまったのだ、自分の声に関して。
そうやって我を忘れて語ってしまっている時の私の声は
キンキンしているってことにっ‼衝撃だった!

余談であるが、私の母は、けっこ毒舌なところがあって、
テレビなどで女子アナが話しているのを聞いて
「このキンキンした声、この人きっとヒステリーよ」と時折言っているのだが、
ま・さ・にそのキンキン声を私は、出していたのだ!!

ついつい興奮して語ってしまう、そうならないために
キンキンした声を出さないよう、1トーン低めの声で話す癖をつけたい。
そうすると、少しは賢そうな印象になるかな?
あ、今年の目標がまた1つ増えてしまった。

正直なところ、

カタカナ言葉が苦手です。
事務所名がわけのわからないカタカナなのに、どの口で言うって感じですが。

マーケティングとかなんとかかんとか、いろいろなカタカナ言葉があります。
そういうのがとても面倒というか、かったるいというか。
便利だけどよくわからない、何事も難しく伝える手段みたいな印象があります。
なんだか仰々しく語られるのが苦手なんです。

何が大切って、結局のところ、ひらたく言えば、
その人の気持ちに寄り添っているか、
その人の気持ちを理解しようとしているのか、
ということだと思います。
カタカナではありませんが、集客にしても、広告にしても、
その人が何を欲しているのか、その人だったらどんなことが気になるのかなど、
人の気持ちに寄り添う、人の気持ちを考える、
すべてそこからなのだと思うのです。

これは、どんな職業でも基本にあることで、
仕事でなくても、家族や友達との関係でも、
あるいはアイドルとファンの関係でも←いきなりw

自分の好きな人のことだと、あぁでもない、こうでもないと
真剣に、必死に心で考えるのだけど、
ついうっかり人の気持ちを横において、頭だけで考える。
そんな罠におちいらないよう、
冷静と情熱の隙間を行ったり来たりしながら←なんだか聞いたことあるフレーズw
人肌感を大切にしてきたいと思った1月2日3日4日なのでした。←3日もっ!

今年のモットーみたいな。

昨年リニューアルスタートしたこのブログですが、
肩に力が入りすぎて、全然更新できませんでした(汗
今年は、本来の自分に戻って、
よしなし事をコツコツと書いていこうと思っています。

2017年は、私にとって「自分ができることは何だろう?」と
自問した1年でした。
結局結論は出なかったものの
「もしかして私はこういうことが好きなのかもしれない」
ということを感じた年でもありました。

自分の仕事を言葉にすると、
「コンセプト・戦略の設計サポート、戦略の見える化、暗黙知の言語化だ!」と
自分の中で腑に落ちたのが一昨年。
そして昨年の年末近くに、
編集と文章を書くことが面白い!と改めて感じたしだいです。

それらの作業は、絡まった糸を解きほぐしながら、
バラバラになったパズルを1つずつ丁寧に組み立てて、
そこに必要な言葉を加えていく感じ。
いや違うなぁ。
手織りでコツコツと模様を織っていく、そんな感触が私にはあります。
ものづくりにとても憧れる気持ちがあるけど、ものづくりはできないから、
自分なりのものづくりとして捉えているふしもあるのかもしれないなぁ、
なんてお正月に思いました。

今年は、今まで以上に1つ1つのお仕事を愛おしみ、
大切に楽しみたいと思っています。

個性はあとからついてくる…。

密かに感じていたコンプレックス
フリーになりたての頃、私のまわりには個性の強い人たちがたくさんいました。
今でももちろん個性の強い人たちはまわりにいるのですが、
今はそれが気にならない。
でも、フリーになりたての頃は、個性の強い人たちのことが気になって気になってしかたかなった。正確に言えば、そんな人たちに対してコンプレックスを感じていました。

勘違いしていた。
個性の強い人たちに比べて、私のなんと平凡なことか。
彼らのそばにいると、自分の平凡さを思い知らされる感覚があったんですね、当時は。今になってみれば、なんとバカバカしい話です。
当時をふりかえると、そもそも「個性が強い」ということを勘違いしていたふしがあったように思います。
毒舌をはく人、横柄な態度の人、物怖じしない人、自信満々の人、奇をてらってる人、そんな人を個性が強いと勘違いしていたんです。バカですねぇ。ほんとうにバカでした。

開き直り。
いつだったか、そんなバカげた勘違いをしていることにフッと気づいた時から、長年感じていたコンプレックスにたいして開き直ることができました。
個性がないとは言わないけれど、個性が弱い自分も含めて自分なんだという開き直りができたというか、そんな自分を許せるような気持ちになりました。
まあね、どんなにあがいても、自分以上にはなれませんから。
個性的でなくてもいいや、みたいな開き直りだったのかもしれません(笑)

気づかないうちに育つ個性
ところがです。
あるときに、なにげに人から言われました。
「○○○さん(私のこと)のつくる企画書って、○○○さんっぽい」って。
自分では気づかないうちに、私がつくるものには、人からみた私らしさみたいなものが醸し出されるようになっていたわけです。
これが個性なんだ!!と目からウロコが落ちた感じがしました。

いつだったか、伝統芸能の御大のお話を伺った時に、
「若い人が個性個性というけれど、まずは基本の型(カタ)を身につけ、真似て真似て真似ていく。その先に自然と出てくるものが個性なんだ」といったようなお話をされていました。
「学ぶは真似るから」という言葉もありますよね。型を真似る先に育っていくものが個性なんですね。

コツコツと自分のすべきことを腐らず、焦らず、丁寧に積み重ねていけばいいんだ!!そう思えたとき、少し道が開けたような気がしました。

こんなんでいいんだ
一時期なぜか、フリーランスの私に会いたいという大学生や若い女性が立て続けに登場した時期がありました。プチ起業とか、女性の起業が流行るうんと前の話です。今はそんなことはないかもしれませんが、当時、フリーランスや起業ということを意識していた若い女の人、少なくとも私の前に現れたそういう人は、どうも肩に力が入っていたような、物怖じしない、自分に自信があるような女の人でした。
そんな人はきっと、フリーランスで仕事をしている私のことを肩パットの入ったスーツを着たようなキャリアウーマンのようなイメージを持っていたのかもしれません(今だと、平野ノラかっ!!みたいな笑)
でも、目の前に現れた私は、そんなイメージとは真逆で、きっと肩透かしだったのだと思います、お目にかかった女の人の一人はおもわず「こんなんでいいんだ」とつぶやいたしまつです(苦笑)

こんなのでいいんです。
私はあなたになれないけど、あなたは私にもなれないから。
焦ることはない、個性はあとからついてくる。私の道を大切に丁寧に真面目に面白くしていこう、そのうちきっと私なりの味が出てくるはずだから。今は、そんなふうに思っています。

くじけるオンナ〜ブログが書けない。

くじけないオンナ。
「くじけないオンナ」というブログのタイトル。これは2002年から2年間、リビング北九州さんで連載させていただいたコラムのタイトルとして使っていたものです。

誰かを取材して記事を書くということではなく、自分のコラムとして連載させていただくことは初めてだったこと、さらに自分でつけたタイトルだったので、とても思い入れがある言葉なんです。

じつは、「くじけないオンナ」というブログは2008年から書いていました。
しかしながらミーハーな内容になってしまっていたため、一度リセットして新しく作りなおそうと思うに至ったわけです。

で、ちょっとまじめに取り組んでみようかなと思い、ブログの達人という講座を受講しました。達人というだけあって、雰囲気は和気あいあいとしていましたが、内容は「何のために誰に、何を書くのか」「検索されるように書く」などなど本気度の高いビジネルブログの講座でした。

くじけたオンナ。
結局その講座には2回しか参加できませんでしたが、私は、その講座から2つの衝撃を受けました(というより衝撃が発覚しました)
1つは、くだらないとはいえ自分が何年も書いていたブログは、いわゆるブログサービスというもので、簡単に言えば、サービスを提供している企業に間借りをしていたブログで、その企業がサービスを停止すれば私のブログも終わってしまうものだったということ。
独自ドメインを取得していたし、サーバー契約もしていたので、独自のブログだと思っていたというか、そういうことをまったく意識していなかったのでビックリ!!でした。そしてすすめられたのがWordPressでつくる自分のブログです。
ところがこのWordPressが私には難しかった。

そうしてもう1つの衝撃、それは、日記ブログはダメだということです。
もちろん全てのブログでダメだということではなく、ビジネスブログで日記はダメ、正確に言えば、ビジネスブログは日記ではないということなんですね。
そりゃそうでしょ、ですが、ブログってとかく日記になってしまいがちだと思います。私が以前書いていたブログも最初こそ、読者を意識して書いていましたが、だんだん自己満ミーハーブログになり、そのうち近況報告的な日記ブログになっていました。
ビジネスブログは有益な情報を提供するもの。情報を求めている人への回答、、、だそうで、この考え方でいくと、私がこれまで書いていたブログはダメダメなブログだったわけです。

WordPressが難しい。
私が提供できる有益な情報ってなに?
この2つの課題の前に、くじけないオンナというブログをリニューアルしようと意気込んでいた私は、くじけたオンナになっていました。

さらに、くじけているオンナ。
WordPressが難しいことに関していえば、講座で教えてもらったサイトを参考にしたり、グーグル先生に質問しながら、なんとか立ち上げまでこぎつけました。(だからこのブログが存在しています)がしかし、タイトルがおっきすぎたり、書体がダメダメだったりして、まだまだ改善の余地がありすぎるのですが、改善するまで待っているといつまでたってもブログをスタートできないということで、見切り発車。

そんなことより、WordPressより難しかったのは、私が提供できる有益な情報ってなに?という課題です。
オーバーに言えば、この課題が分厚い壁となって、私の前に立ちはだかっていて、現状の私はくじけているオンナ。何をくじけてるかってブログの更新をくじけているわけです。更新をくじけるもなにも、まだ1記事しか公開していないのですが、下書きはいくつかあるものの、「はたしてこの記事は有益な情報を提供できているのか。日記になっているのでないか」というもう一人の私があらわれて更新をためらうくじけているオンナになってしまっています。

ひらきなおったオンナ。
そうやって、今年の1月1日に再スタートしたブログは、本日1月31日まで更新されないままだったわけですが、1月最後の日の今日、こうやって更新しています。
なぜ更新できているか、それはひらきなおったからです。

日記になるとダメだなぁ、有益な情報を提供できるのかなぁ、、、なんてことに陥っていましたが、考えてみれば、ブログ講座を受ける前まで、私のなかにはビジネスブログを書こうという発想はまったくありませんでした。
一番最初、2008年にブログを始めた理由は、連載が終わり、何か自分で自分を発信する場が欲しいと思ったからで、それはクライアントさんの意向や課題解決に左右されない私自身の自由な場を持ちたかったから。
日記ではなく有益な情報を提供する、、、という課題に勝手にがんじがらめになって更新できないなんて本末転倒だ!! そもそもブログを書いたからって、そうそう見られるものではない。1記事2記事で検索にひっかかるわけでもない。こんな恥ずかしい記事を書いてなんてあとで思ったら削除だって編集だってできるのがブログの良いところ。そうひらきなおったオンナは、今、こうしてダラダラと書いているだけのブログを更新することができています。

やっぱり「くじけないオンナ」
じつは、この「くじけないオンナ」、このタイトルでは、このブログが誰を対象にしているのかわからない、このタイトルでは検索されない、、、と言われました。
まあね、たしかにビジネスブログとしては失格なタイトルなのかもしれません。
でもね、いいんですそれでも。私はこのタイトルが好きだから。それでいいと思うんです。
なんだかもう、難しいことは考えず、かっこつけず、今の私が書けることを、書きたいことを素直に書く、そんなブログにしていきたいと思います。

というわけで、誰に言われたわけでもなく、ひとり相撲をとっていたブログに関する私の壁は、そんなこんなで乗り越えたということにして、くじけないオンナを書いていきたいと思います。(結局日記のようなブログになっている)

 

 

 

戦略の見える化

2016年。生まれて初めてラジオのレギュラーということをさせていただきました。
4月から12月までという短い間でしたが、いろいろと学ぶところが多かったです。
その番組のメインパーソナリティーであった門司港のバナナマン・秋武政道さんが私のことを「戦略の見える化の魔術師」とご紹介くださいました。

フリーで仕事を始めた当初、師匠が使っていた肩書き=コンセプトセッターを使うことの許しを得て、そのように名刺に書いていました。
コンセプトを設定する際に必要になってくる作業の1つに情報を整理し、どのようなコンセプトを設定するのかを共有する作業があります。
つまり、コンセプトの前提となるあれこれ、コンセプトそのものについて、コンセプトをどう展開していくのかを見てわかるように書面化していく作業です。
また、この作業の前提としてクライアントさんの思いを書面化するという作業もあります。
このような書面化の作業は、本来手段なのですが、少しでも伝わりやすいようにと思い、フローチャートを使ったり、想いなどを図化するなど、私なりの工夫をしてきました。 今でいうところの「見える化」の工夫です。
このことについては、また後日、ぼちぼちと綴っていくとして、もともとの仕事の副産物であった私の行う「見える化」を欲してくださる方々が現れるようになり、私自身がコンセプトセッターという肩書きでは語りきれないものを感じるようになってきました。

そうして自分の仕事内容を説明する言葉として一昨年くらい前にたどり着いたのが「コンセプト・戦略設計 暗黙知の言語化」そして「戦略の見える化」という言葉です。
でも本当のところ、そういう言葉を使いながら、どこかこそばゆいというか、「私が使ってもおかしくないのだろうか」といった自分に対する自信のなさみたいなのもをいだいていたのが正直なところでした。 それは、自分の強み、方向性に対する自信のなさとも言えるものでした。
そんなモヤモヤをいだきながら約1年経過した頃の2016年4月、自分以外の方から言っていただいた「戦略の見える化の魔術師」という言葉。 私自身のこれまでを肯定されたようで、ものすごく嬉しかったです!!
それでも言われた当初は自分で言うのはおこがましい気がしていましたが、ある時、ふっきれたというか、開き直ったというか、自分自身が腑に落ちた感があり、ラジオで「戦略の見える化の魔術師きみよです」と自己紹介できるようにありました。「するようになった」というより「できるようになった」という、本当にそんな感じでした。これは私自身にとって、とても大きな変化でした。

そしてこのブログ。 私自身のこれまでを棚卸ししつつ、私自身を発信していくそんな場を改めてつくりたいと想い、始めることにしました。 「このブログについて」に記しているとおり綴っていきたいと思っています。 戦略の見える化。 ここは、ある意味私の見える化の場かもしれません。